企業のストーリーテリング能力を地域に活かす:NPO連携による共感を呼ぶ情報発信事例
企業のストーリーテリング能力と地域貢献の可能性
企業は製品やサービスの魅力を伝えるため、あるいは企業理念やビジョンへの共感を醸成するために、様々な物語(ストーリー)を語る能力を持っています。企業の歴史、創業者の想い、製品開発の舞台裏、働く人々の情熱など、これらの物語は人々の心に響き、共感を生み出す力があります。
一方、地域社会で活動するNPOや住民団体は、地域が抱える課題や活動の重要性を広く伝え、共感を呼び、参加や支援を促すことに力を注いでいます。しかし、活動の事実やデータだけでは、なかなか人々の心を動かすのは難しい場合があります。ここで企業の持つストーリーテリング能力が、地域貢献の新しい形として注目されています。企業の物語を紡ぐ力が、地域の魅力や課題、そしてそれを解決しようとする人々の想いを効果的に伝え、より多くの共感と行動を生み出す可能性を秘めているのです。
本稿では、企業のストーリーテリング能力を地域に活かす連携事例を探り、特にNPOが企業との連携を通じて、共感を呼ぶ情報発信を実現するためのヒントを提供いたします。
地域におけるストーリーテリングの力
地域課題の解決や地域コミュニティの活性化には、多様な人々が関心を寄せ、一歩踏み出すことが不可欠です。しかし、地域課題の多くは複雑で、その解決に向けた活動は地道なことも少なくありません。こうした状況で、ただ単に「〇〇が必要です」「〇〇な課題があります」と事実を伝えるだけでは、人々の関心を惹きつけ、行動に繋げることは容易ではありません。
ここで重要になるのが「ストーリーテリング」です。地域に根ざした活動には、必ず人々の想いや葛藤、成功、そして失敗といった物語があります。なぜその課題に取り組むのか、どのような困難があり、それをどう乗り越えようとしているのか、活動に関わる人々の背景や動機は何なのか。こうした人間ドラマを織り交ぜて語ることで、聞き手や読み手は感情移入しやすくなり、共感が生まれ、自分事として捉えるきっかけになります。
例えば、あるNPOが子供たちの居場所づくり活動をしているとします。ただ「子供たちの居場所が不足しています。寄付をお願いします」と伝えるより、「かつて居場所がなく孤独だった一人の子供が、この場所で仲間と出会い、笑顔を取り戻した物語」を語る方が、はるかに人々の心に響くでしょう。地域の「課題」を語るだけでなく、課題に向き合う「人」やそこから生まれる「希望」の物語を伝えることが、地域活動においては非常に有効なのです。
企業連携によるストーリーテリングの可能性:具体的な事例から学ぶ
企業が持つストーリーテリング能力を地域に活かす連携は、様々な形で実現されています。ここでは、その一例として、架空の事例を通して連携のプロセスと効果を考えます。
事例:食品製造企業A社と地域NPO「〇〇のこども食堂」の情報発信連携
- 企業の背景: A社は地域に根ざした食品製造企業であり、「食を通じて人々の健やかな生活を支える」という企業理念を持っています。広報部門には、自社製品のストーリーや生産者の想いを伝える優れたストーリーテリング能力を持つ担当者がいます。CSR活動の一環として、地域の社会課題に関心を持っていました。
- NPOの背景: NPO「〇〇のこども食堂」は、地域の子供たちの孤食や貧困といった課題に対し、安心できる食事と居場所を提供する活動を行っています。活動は地域住民のボランティアによって支えられていますが、活動資金の確保や、より多くの人々に活動内容と重要性を伝えることに課題を感じていました。
- 連携のきっかけ: A社が地域の社会課題に関心があることを知ったNPOの担当者が、A社の広報部門に連絡を取りました。NPOは、自分たちの活動の意義をより多くの人に伝えたいが、効果的な情報発信の方法が分からないという課題を共有しました。A社は、自社の食に関する専門知識やストーリーテリング能力が、このNPOの活動を広く伝えることに役立つのではないかと考え、連携の検討を開始しました。
- 連携の内容:
- A社の広報担当者が、NPOの活動現場を複数回にわたり訪問。子供たち、保護者、ボランティア、そしてNPOの代表から丁寧に聞き取りを行いました。単なる事実の羅列ではなく、参加者の具体的な声や、活動を始めたきっかけ、困難、喜びといった「物語の種」を集めました。
- A社の広報チームは、集めた情報を基に、共感を呼ぶストーリー構成を検討。NPOの活動が地域にもたらす温かさや、子供たちの小さな変化といった、数値化しにくいけれども重要な価値を物語として表現することに注力しました。
- 記事コンテンツ、短いドキュメンタリー風の動画、そしてSNS用のショートストーリーなど、A社の持つ多様な情報発信チャネルとスキルを活かしたコンテンツを制作しました。
- これらのコンテンツは、A社のオウンドメディア、公式SNS、そして社内報などで発信されました。NPOのウェブサイトやSNSでも、A社制作のコンテンツを共有しました。
- コンテンツ発信後、A社の従業員向けにNPOの活動説明会を開催し、従業員ボランティアや寄付への参加を呼びかけました。
- 連携の効果:
- NPOの活動内容と重要性が、A社のネットワークを通じて多くの人々に知られることとなりました。特に、感情に訴えかけるストーリー形式の情報は反響が大きく、SNSでのシェアも広がりました。
- コンテンツを見た地域住民やA社の従業員から、ボランティア参加や食材提供、寄付といった形で具体的な支援が集まりました。
- A社にとっては、企業理念の実践として地域貢献を具体的に示すことができ、企業イメージの向上に繋がりました。また、従業員が地域の課題と自分たちの活動の繋がりを認識し、エンゲージメントを高める機会となりました。
- この成功事例は、他のNPOや地域団体との連携の可能性を示すモデルとなりました。
NPOが企業に提案する際のポイント
上記のような連携事例を踏まえ、NPOが企業のストーリーテリング能力を活用した連携を提案する際には、いくつかのポイントが考えられます。
- NPOの「物語」を明確にする: 企業に伝えるべきは、活動の規模や実績といった「情報」だけでなく、活動の根底にある「想い」、関わる人々の「声」、解決したい課題の「背景にあるドラマ」といった物語の要素です。企業に「何を物語として語ってほしいか」を具体的に伝える準備をしましょう。
- 企業のCSR戦略や強みを理解する: 企業のウェブサイトやCSRレポートなどを事前に確認し、どのような社会課題に関心を持っているか、どのような情報発信を得意としているかを把握します。自らの活動テーマや伝えたい物語が、企業の関心や強みとどのように結びつくかを具体的に提案に盛り込むことが重要です。A社の事例であれば、「食」に関連するテーマであること、情報発信に力を入れていることなどを踏まえた提案が有効だったと考えられます。
- 求めるアウトプットイメージを具体的に提示する: 単に「情報発信を手伝ってほしい」と伝えるのではなく、「ウェブサイトに掲載する参加者の声を集めた記事コンテンツ」「活動の様子を伝える短編動画」「SNSで共有しやすい写真と短いエピソード」など、どのような形式で、誰に、何を伝えたいのか、具体的なイメージを伝えることで、企業側も協力内容を検討しやすくなります。
- 企業側のメリットを示す: この連携が企業にとってどのような価値をもたらすのかを示唆することも重要です。企業理念の実践、従業員のエンゲージメント向上、企業イメージ向上、具体的な社会貢献の見える化など、企業が連携に関心を持つであろうメリットを伝えます。
- 協力体制と役割分担を提案する: 企業側がどのようなリソース(担当者、時間、スキル、機材など)を提供できるか、NPO側で準備できること(取材協力、写真提供、参加者への許可取りなど)を整理し、具体的な協力体制と役割分担の案を提示することで、企業側は実現可能性を検討しやすくなります。
- 成果の共有方法を話し合う: 連携によって制作されたコンテンツがどのように活用され、どのような成果(ウェブサイトへのアクセス増加、問い合わせ増加、ボランティア応募、寄付など)があったのか、企業とNPO双方で共有する仕組みを提案することで、継続的な関係構築に繋がります。
まとめと展望
企業の持つストーリーテリング能力を地域貢献に活かす連携は、NPOの情報発信力や共感獲得能力を飛躍的に高める可能性を秘めています。単なる資金援助や物品提供に留まらない、企業の「本業」や得意分野を活用したこのような連携は、地域課題解決のためのより効果的で持続可能なアプローチと言えるでしょう。
NPOは、自らの活動に存在する「物語」を丁寧に掘り起こし、それを企業の持つストーリーテリング能力や情報発信力と結びつける方法を模索することが求められます。企業側も、自社の持つ無形の資産である「物語を伝える力」が、地域社会の活性化や共感の輪を広げることに貢献できるという認識を持つことで、新たなCSRの形が生まれるかもしれません。
今後、このような企業とNPOのストーリーテリング連携が進むことで、地域社会の様々な活動がより多くの人々に知られ、共感が広がり、参加や支援が促進されることが期待されます。これは、「まちを育む」という視点からも、非常に重要な取り組みと言えるでしょう。